フルーツタルトの臭いについての検証実験「お菓子なやくぜん Pâtisserie MP(パティスリーMP)」京都市西京区の桂、上桂のケーキ屋さん
経緯
お客様より「フルーツタルトが雑巾のような生乾きのような臭いがする。」との意見を頂いた。
前日にフルーツタルトの6号サイズをバースデーケーキ用として提供した。タルトの台は冷凍保存していたものではあるものの焼成した時その日のうちに冷凍したものである。カスタードクリームは当日炊いたものであり、フルーツは提供の1時間ほど前にカットしてタルトに乗せており、傷むとは到底思えない。
真夏であり、お渡しした後どの程度炎天下だったのかは存じないが、お客様側も帰ってからは冷蔵庫で保管していてその日のうちに食べようと開けたら臭いがしたとのことであるので、そのぐらいの時間でそこまで雑菌がわいて食べられなくなるとは思えない。
双方の過程に明確な落ち度が見られないため原因を調査した結果、生のパイナップルに含まれるタンパク質分解酵素ブロメラインが他の食材と反応して独特な臭い(生乾き臭)が発生するという情報を発見した。念のためご意見があったタルトは冷凍保存していたので、改めて臭いを嗅いでみると、パイナップル付近はその臭いが強く、それ以外の場所はそれ程臭いがしないことが分かった。
そこで、今回のにおいもパイナップルが原因ではないかと考えそれについての検証実験を行った。
実験方法・結果
タンパク質分解酵素(プロテアーゼ)のブロメラインは活性中心にシステインのチオール基(-SH)を持つシステインプロテアーゼである。タンパク質中のシステインやシスチンが分解されると硫化水素が発生し、これは腐卵臭の元である。ケーキには卵が多く使われており、カスタードクリーム(牛乳も使用しているため、そちらのタンパク質が原因とも考えられる)やタルトのダマンド部分は特に卵が使われている。そのためその卵のタンパク質とブロメラインが反応し、臭いが発生しているのではないかと考えられた。
実験としてタルトに使っていた5種の果物(パイナップル、グレープフルーツ、オレンジ、キウイ、イチゴ)にカスタードクリームを乗せてラップで包んで冷蔵庫(3~4℃)で保存した。比較として果物のみ、果物+生クリームも用意した。
また、パイナップルについては果汁を多く出すため刻んだものとカスタードクリームを合わせたものも用意した。
さらに、タルト台との反応も見るため、タルト台にカスタードクリームを乗せたものと、それぞれ5種の果物を乗せ、加水加熱タイプのナパージュを塗ってラップで包んで保存した。
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24hr |
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カスター+ |
生クリーム+ |
果物のみ |
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パイナップル |
― |
― |
― |
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グレープフルーツ |
― |
― |
― |
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オレンジ |
― |
― |
― |
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キウイ |
― |
― |
― |
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イチゴ |
― |
― |
― |
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48hr |
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カスター+ |
生クリーム+ |
果物のみ |
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パイナップル |
± |
― |
― |
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グレープフルーツ |
― |
― |
― |
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オレンジ |
― |
― |
― |
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キウイ |
― |
― |
― |
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イチゴ |
― |
― |
― |
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96hr |
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カスター+ |
生クリーム+ |
果物のみ |
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パイナップル |
± |
― |
― |
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グレープフルーツ |
― |
― |
― |
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オレンジ |
― |
― |
― |
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キウイ |
― |
― |
― |
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イチゴ |
― |
― |
― |
開始から24h後、果物のみ、生クリーム、カスタードクリームどれも特段の臭いの変化はなかった。
48h後、パイナップル+カスタードクリームが少し臭いがしたように感じたが、生乾き臭というより少し違う臭いがしたという感じだった。
96h後、48h後と同じでパイナップル+カスタードクリームが少し違う臭いがした気がするが、生乾き臭ではないと思われる。
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24hr |
72hr |
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刻みパイン+カスター |
± |
± |
刻んだパイナップル+カスタードクリームの24h後、72h後を観察したが、どちらも生乾き臭とは言えない少し違う臭いがした。これについては果汁とカスタードクリームが混ざったよくわからない臭い、時間も経過していたので少し傷みが入っていたことも考えられる。
原因としてはカスタードクリームとの反応かと思われたが、それだけでは明らかな生乾き臭はしなかった。タルト台に乗せたものはどうかということで、48h後確認した。
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48hr |
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パイナップル |
+ |
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グレープフルーツ |
± |
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オレンジ |
― |
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キウイ |
― |
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イチゴ |
― |
するとパイナップルを乗せたもののみ明らかに生乾きの臭いがした。他の果物はしなかったため、タルトの雑巾・生乾き臭の原因はパイナップルであることが明らかになった。グレープフルーツが±となっているが、生乾き臭とは違うため、パイナップルと判断した。
次にパイナップルがどういう条件で臭いが発生するのかを明らかにするため、パイナップルのみ、パイナップル+ナパージュ(艶を出すための上掛けのゼリー、加水加熱あり)、パイナップル+カスタードクリーム、パイナップル+カスタードクリーム+ナパージュ、パイナップル+カスタードクリーム+ナパージュ(非加熱タイプ)の条件で、タルト台の有無を合わせ10通りで検証した。
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タルト台無し |
24hr |
48hr |
72hr |
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パイナップル(p) |
― |
― |
― |
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P+ナパージュ |
± |
± |
± |
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P+カスター |
― |
― |
― |
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P+ナパージュ+カスター |
+ |
± |
± |
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P+ナパージュ(非加熱)+カスター |
± |
± |
― |
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タルト台有り |
24hr |
48hr |
72hr |
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パイナップル(p) |
― |
― |
― |
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P+ナパージュ |
― |
― |
― |
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P+カスター |
± |
― |
― |
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P+ナパージュ+カスター |
± |
± |
± |
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P+ナパージュ(非加熱)+カスター |
― |
― |
― |
結果としてまとめると、ナパージュがあることによって臭いが発生しているように思われる(ただし、±は明らかな生乾き臭ではなく、ちょっと何かのにおいするかもしれないという程度である)。カスタードクリームとパイナップルのみだとほぼ臭いの発生はなかったが、ナパージュが入ると臭いが強くなる。しかし、非加熱のものだと臭いが弱いように感じられた。
水分が入ると酵素が広がりやすい、加熱したものだと酵素の活性が上がるということが考えられる。
よって、加水加熱タイプのナパージュを使い、加熱有り無しで比較してみた。パイナップル+カスタードクリームは同じにしてナパージュのみ変更した。(加水加熱タイプ:DGFナパージュヌートル、非加熱タイプ:正栄ナパージュヌートル)
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24hr冷蔵 |
1hr常温→24hr冷蔵 |
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加水加熱タイプ(非加熱) |
+ |
± |
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加水加熱タイプ(加熱) |
± |
± |
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非加熱タイプ |
― |
― |
予想と異なり、加熱した方で臭いが強くなっているとは感じられなかった。むしろ非加熱にしたものの方が臭いが強くさえ感じた。また、試しに1時間常温(28度ぐらい)で放置してから冷蔵したものも用意したが、臭いが強くなっているとは思われなかった。もともと非加熱タイプのものはどちらも特に臭いはしなかった。この結果から原因は使用した加水加熱タイプのナパージュではないかと考えられる。
考察
今回の雑巾・生乾き臭の発生については、生のパイナップル+カスタードクリームに特定のナパージュを塗ったことで臭いの発生に至ったことが考えられる(ブロメラインはシステインプロテアーゼであるがそれによりどのような物質が生成され臭いの発生になったかの分析はできていない)。
当初はナパージュを加熱したことや外気温の影響で酵素活性が上がり(パイナップルの果実に含まれるブロメラインの活性は37-70度とのことである)、カスタードクリームやそのほかのタンパク質と反応することで臭いの発生に至ったと思われたが、温度はそこまで影響がないことも考えられた。
パイナップルのブロメラインの他にキウイのアクチニジン、いちじくのフィシン、パパイヤのパパインなども同じシステインプロテアーゼに属している。この中ではキウイも実験対象に入っていたが、臭いの発生は感じなかった。パイナップルの影響が大きいのは一般的な植物プロテアーゼは果実成熟に伴いプロテアーゼが消失していくのに対し、ブロメラインは成熟に伴い発現量が増加するためと考えられる。
今回の結果から対策としては、「パイナップルを使わない」「70度15分以上の過熱でかなりブロメライン酵素の活性は抑えられるので、コンポートにする」等があるが、せっかくのフレッシュパイナップルを使うならば、なるべくカスタードクリームなどたんぱく質を含むものとの直接接触を避けたうえで、非加熱タイプのナパージュ(ナパージュの成分の違いにより臭いの発生が起こっている可能性もあるので、一概に非加熱タイプだから大丈夫とは言い切れない)を使うことで臭いの発生は抑えられると考えられる。
もちろん、臭いが発生した原因がすべて今回の結果によるものではなく、温度変化で雑菌が増殖し、臭いが発生した可能性はあると考えられる。1つの可能性として今回の結果を活用したいと思う。
参考資料
澤野頼子(2023)パイナップルに含まれるたんぱく質分解酵素ブロメラインの研究動向:生化学及び抽出・精製 東京医科歯科大学教養部研究紀要第53号15-24
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